お盆休みであらためて借金について考えた
こんにちはこんばんは。ががおです。
少し前の話ですが、前回の記事通り(出張・欲望の酒場 始めます - ががおのブログ)8/15・16と東京に行ってTwitterの方々とお会いしてきました。
2日間の様子はYoutubeにupしてます。
実際に借金を抱えている方々と会ってお話しさせて頂いて、自分の中だけで考えていたことがかなりの共通項になるかもなぁ、と実感を得られました。
借金は「注意資源の浪費」と「孤独」にさいなまれる。僕が非常に嫌だなぁと思っている点です。
「注意資源(認知資源)」といって、我々人間の注意力や集中力、判断力の総量には限界があるという考え方があります。日常生活において気にすることが多いと、それだけ脳の容量とメモリを消費してしまう。今日の晩御飯は何にしよう?とか、あのメールの返信はいつにしよう?とか。決断の回数が多いと、それだけエネルギーを消耗してしまう。決断疲れ。有名な話としてAppleの故スティーブ・ジョブズやFacebookのマーク・ザッカーバーグはこの注意資源を無駄づかいしないために毎日同じ服を着ているという例があります。
借金は、この注意資源をとことん奪ってくるなぁと思います。
お金をどう返そうか、金策をどうしようかで頭がいっぱいになる。借金をしていること自体への嫌悪感、罪悪感にさいなまれる。周囲の人間にばれないように気を配らなければいけなかったり。債務整理しようかな、いや自己破産しかないか。。 そうやってガツガツと注意資源が削られ、日常生活においてもっと有意義だったりクリエイティブだったりすることに気を回せない状態がダラダラと続いてしまう。
実際、僕自身もそうでした。去年なんて非正規の金融業者から金を借りまくり、返済日が毎週やってくるような状態。仕事のことなんてマトモに考えていられず、お金・借金のことで頭がパンパンでした。注意資源がカラカラに枯渇してました。
もうひとつ、借金は人を「孤独」にする。
株式会社コルク代表の佐渡島庸平さんの現代コミュニティ論についての著書『WE ARE LONELY,BUT NOT ALONE』の冒頭に「使われ続けている言葉はその対象物の本質を簡潔に伝えていることが多い。【人間】という言葉自体が表すのは、太古から人は人の間で生きているということだ」と書かれていました。人は孤独では生きられないという本質を突いています。
借金は人間を孤独にする、つまり人間を人間でなくしてしまう。
借金の悩みを周囲に打ち明けられない人は多いと思います。恥ずかしいし、社会的信頼を失墜させてしまう可能性もあります。借金のせいで友人からの遊びの誘いにも乗れなかったり。家庭や会社の中で精神的な居場所がなくて孤独を感じてしまう。
僕がBar『欲望の酒場』を開きたいと思うのは、個人で出来得る範囲内、非常にミクロなレベルですが、上記のような「注意資源の浪費」と「孤独」という問題の解消に寄与出来るかもしれないな、と思っているからです。
自分一人だけで悩んでいたことが他人に打ち明けることで一歩前に進めたりだとか、単純に共有出来ることが孤独感の解消につながる。1対1の限定的な関係性の中でよりも、N対Nの複数の関係性のほうが効用はより増加するとも思っています。
ひとりひとりの注意資源の無駄づかい、それを足したら、無駄にしてしまっているエネルギーの総量はかなりのものになると思いますが、もしBarの存在が僕の意図しているところで機能すれば全体で見ると相当量のエネルギーを取り戻せるのではないかな?と。もしそうなったら自分の借金の経験がある種の社会的貢献につながるかな、そんな風にぼんやりと考えています。
僕は自分のことを本当にどうしようもないクズでカスだと思っているのですが、カスならカスなりに出来得る範囲で世の役に立ってから死にたいとも思っています。
カス遺伝子は残したくないので、せめて既存の人々に対して有益になりたいよ( ˊ̱-ˋ̱ )
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